PDCAサイクル

生涯現役を貫いた桂歌丸師匠・・・愛あふれる笑いをありがとうございました

今日の笑点は涙が止まりませんでした

歌丸師匠が亡くなられた一報を聞いたとき、私は涙が止まりませんでした。

私は小さいときからずっと笑点を見て育ちました。

また若きサラリーマンコンサルタント時代の私は、日曜日の夕方が憂鬱な時間となったこともありましたが、そんなときに勇気づけてくれたのは笑点でした。

その笑いの中心にはいつも歌丸師匠がいました。

心より哀悼の意を表します。

以下、7月3日の日本経済新聞の記事を引用いたします。

人気テレビ番組「笑点」の司会などで親しまれた落語家の桂歌丸(かつら・うたまる=本名、椎名巌=しいな・いわお)さんが7月2日午前11時43分、慢性閉塞性肺疾患のため、横浜市内の病院で死去した。81歳だった。お別れの会は7月11日午後2時から横浜市港北区菊名2の1の5の妙蓮寺。喪主は妻、冨士子さん。

横浜市中区(現南区)に生まれ、1951年に15歳で五代目古今亭今輔に入門。その後、四代目桂米丸門下に移った。64年に桂歌丸に改名し、68年に真打ちに昇進。2004年に落語芸術協会の会長に就任し、07年に旭日小綬章を受章した。

当初は新作落語を志していたが、次第に古典落語を中心に取り組むようになった。明治の名人、三遊亭円朝作の「牡丹(ぼたん)灯籠(どうろう)」「真景累ケ淵(かさねがふち)」など長編の怪談噺(ばなし)や人情噺にも力を注いだ。

1966年に日本テレビ系で始まった「笑点」に大喜利のレギュラーとして参加。メンバー同士の軽快な掛け合いで、お茶の間を沸かせ、一躍人気者になった。2006年に5代目の司会に就任。番組の顔として16年まで活躍した。近年は肺炎や腸閉塞、呼吸器不全などで入退院を繰り返したが、闘病しながら高座に上がり続けた。4月19日の国立演芸場が最後の高座になった(日本経済新聞 2018年7月3日)。

笑点の中での罵倒合戦は愛のあるののしり合い

歌丸師匠が「罵倒合戦」をやりはじめたのは、私が子供の頃からです。

歌丸師匠と三遊亭小円遊さんとのののしり合いがとても面白くて子供心に焼き付いています。
(小円遊さんも才能あふれる方でした)

小円遊さん亡き後、その罵倒合戦は円楽師匠(当時は三遊亭楽太郎)に引き継がれました。

この罵倒合戦はお互いを信用していないとできないことです。

簡単にはできないのです。

これぞお客様が喜ぶためのエンターテイメントであり、本来の意味での演劇やプロレスにも通じるものでもあります。

この「本気で演じきること」の奥深さは、多くの方にも理解して欲しいと思っております。

人を楽しませることにも、人間関係を良くすることにも、自分を充実させることにも繋がるからです。

今日の笑点は歌丸師匠を追悼する内容に

今日の笑点は歌丸師匠は50年間『笑点』を支えてこられました。

その歌丸師匠をしのんで『ありがとう歌丸師匠スペシャル』となりました。

楽しく送り出すことが歌丸師匠が望むことなのでしょう。

大喜利の最終問題は、歌丸師匠に「ありがとうございました」とお礼を言った後に面白いことをいうものです。

最後に円楽師匠が回答されました。

「回答者だった頃、そして司会になられても、私の悪口を優しく受け止めてくれて、罵詈雑言にも耐えてくれて、ありがとうございました」

「ありがとうございました」と司会の春風亭昇太さんが合いの手をいれます。

すると円楽師匠は次のように言いました。

「最後にひと言、言わせてください。ジジイ!早すぎるんだよ!」

笑顔だった表情がみるみる泣き顔になっていきました。

円楽師匠から歌丸師匠への想いが伝わってきて、私もみるみる涙が出てきました。

円楽師匠は歌丸師匠のことを3人目の父親だと公言しています。

実の父、先代である5代目の円楽師匠、そして、歌丸師匠です。

円楽師匠は笑点に参加した当初、ネタに困った時期が合ったそうです。

その時に歌丸師匠から「俺のことでもいいから」とアドバイスしたのがきっかけだったそうです。

円楽師匠は日本テレビを通じて以下のコメントを寄せています。

旅先、仕事中の為申し訳ございません。とうとう洒落にならなくなりました。四月五月そして六月二十日にもお見舞いに行って話ができました。

四月は眼が合うだけ…前回は笑って色々と、下世話な話をして、タタタタ~パパパパ~パンダの宝はパンダ!!と喋る筋肉のリハビリの姿も再現してくれました。

回復してると安心したばかりでしたので言葉になりません。歌丸師匠と過ごした楽屋、旅先、ご自宅、たくさん思い出が多すぎて、どこを喋っても一片です。

だから私の心にしまい込みます。だから思い出話はしません。人の心の中の思い出、寿命、皆様もそれぞれの思い出の中に歌丸師匠を生かしておいて下さい。ね

本当の父親、育ての親の先代。守ってくれた最後の父親との別れです。楽さんと呼んで側に置いて下さってありがとうございました。

頼る人が居なくなりました… 合掌  六代目円楽

歌丸師匠はこれからも笑いの中に生き続けられることでしょう。

愛のある罵倒合戦が永遠に続くものだと私は信じています。

生涯現役でいることの尊さを教えていただきました

噺家という職業は言うまでもなくプロフェッショナルです。

定年はありません。

歌丸師匠は生涯現役でした。

しかし、「安定」はありません。

お客様から喜ばれることが常に求められる厳しい世界です。

自分の技術をどこまでも伸ばしていくことが求められます。

匠であり、職人であり、「知のアスリート」であるとも言えます。

歌丸師匠の生き方にその気高さや尊さを教えられたような気がします。

自分の命が尽きるまで自分の信じた道を突き進める生き方に強い憧れを持ちます。

人を楽しませること、人に喜びを与えること、人を幸せにすることを生涯追い求めたのです。

私も経営コンサルタントとして、中小企業診断士として、かくありたいと思っております。

こういった働き方、生き方があるということも意識しましょう

自分の信じた道をどこまでも突き進んでいく生き方は多くの方に感銘を与えることでしょう。

お客様を喜ばせるために、自分の持っているノウハウを常に磨いていく。

喜ばれなければたちまち干されてしまうでしょう。

そこには想像を絶するような厳しさがあり、到底真似できないと思う方もいることでしょう。

しかしながら、「仕事」とは本来そういうものではないかと思っています。

会社組織に属しているみなさんも仕事の本質は同じではないでしょうか?

お客様から褒められ、必要とされ、役に立っていることが実感できることで仕事は大きなやりがいとなるのです。

そのように思ってもらえなければ、お客様を失うのです。

民間企業の場合は、お客様が失われることが繰り返されると会社も傾いてしまうのです。

そうならないように、常にカイゼンをしていかなければなりません(経営用語ではPDCAサイクルを回すと言います)。

その積み重ねによって、自分の給料やお休み等の待遇も向上していくのです。

歌丸師匠の生き方から仕事の本質を見直してみましょう

世の中では働き方改革が叫ばれておりますが、仕事の本質を見返してみることが重要だと思います。

仕事というものは、必ず誰かの役に立っています。

その誰かを明確にして、常に喜ばれるよう自分を高めていくことが正しい姿です。

歌丸師匠はそれをずっと繰り返されてきたのです。

歌丸師匠の落語ならば、価格が高くても見に行きたいと思うのです。
(むしろ入場料を安くしてはいけないのです。)

落語会に燦然と輝く宝だからです。

会社の場合では、そういった働き方ができる社員さんはかけがえのない「人財」であり「宝」です。

そして、「価格競争をしない」こともとても重要です。

なぜなら、私たちの働ける時間に限りがあるからです。

歌丸師匠も落語の講演時間が決まっています。

その中で最高のパフォーマンスをするのです。

そのための準備、段取り、自分を高めることを落語の講演時間以外に行っているのです。

だからプロフェッショナルなのです。

私たちもこの部分を見るべきです。

この部分は仕事が「やらされ感」になるか「当事者意識」で取り組めるのかの大切な境目になると思います。

そして、生産性が3倍違う働き方はどちらでしょうか?

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