モチベーション・やりがい・仕事の喜び

中央省庁による障がい者雇用は42年も水増しを繰り返していた?

42年にわたり水増しを続けていた?そのペナルティはどうなる?

中央省庁による障がい者雇用の水増し問題について、42年も水増しを繰り返していたことが明るみになりました。

もしこれが真実だとしたら、中央省庁は一体何のために存在しているのでしょうか?

存在意義を明確にするべきだと思います。

以下、中日新聞の記事を引用いたします。

国土交通省や総務省などの中央省庁が義務付けられた障害者の雇用割合を四十二年間にわたり水増しし、定められた目標を大幅に下回っていたとして、政府が調査を始めたことが分かった。複数の政府関係者が明らかにした(中日新聞 2018年8月17日)。

中央省庁は一体何のために存在しているのでしょう。

「国民のため」に存在しているはずだと思っていましたが、間違いなのでしょうか?

何よりもまして優先順位の筆頭に国民がくるはずです。

障がい者雇用に関して民間企業が法定雇用率を満たしていなければ罰金を払います。

中央省庁ではどのようなペナルティが科せられるのでしょうか?

42年分のペナルティを重く受け止めていただきたいです。

私が望むことはたったひとつです。

それは、国民のひとり一人を大切にする組織に生まれ変わるということです。

出世のためではなく国民のためになる仕事を真っ当に行う人が評価され、結果出世していくような組織に変わっていくことです。

障がい者雇用はその筆頭です。

弱者に手をさしのべることができない国が果たしていい国でしょうか?(私は強くたくましい障がい者の方々も多く見てきているため、障がい者の方々を弱者という言い方に抵抗がありますが。)

ぜひ中央省庁で働く方々にはこのことを真剣に考えていただきたいと思います。

みなさんは日本国国民の幸せのために大変な仕事をしてくださっているはずです。

決して私たち国民を騙してはならないのです。

仕事が評価され、出世していくのは大いに結構ですが、出世や自分の保身が先に来てしまうと本来大切なものが見失われ、誰もが目先のことになります。

そういったことが42年も繰り返されてきたのではありませんか?

経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏の意見

この問題について経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が意見を述べました。

以下、週プレNEWSより引用いたします。

障害者雇用促進法により、行政機関や企業には一定の障害者の雇用が義務づけられている。

ところが、国の33の行政機関のうち、27省庁で雇用数の不正な水増しが行なわれていたことが発覚した。厚労省が8月28日に発表したところによると、省庁全体では6800人余りの障害者が雇用されていたはずだが、実際に働いていたのはおよそ半数の3400人にすぎなかったのだ。

障害者の雇用機会を確保し、共生社会を実現する上で、この施策は極めて重要だ。しかし、手本となるべき国の機関が水増しをしていたとは、就業の機会を奪われた障害者、そしてまじめに障害者に働く場を提供してきた企業は浮かばれない。

なぜ、こんなことが起きたのか? 水増しの背景にあるのは、障害者雇用を担当するキャリア官僚の無関心だと私はみている。障害者雇用を増やしても出世につながらないと雑務扱いし、現場のノンキャリに採用を任せていたのではないか? 

私もかつて経産省で働いていたから想像がつく。おそらく担当のキャリア官僚は年に1、2回、現場のノンキャリから報告を受け、雇用目標の未達成がわかっても「来年までに達成せよ」と指示するだけだったはず。

しかも、キャリア官僚は1、2年で異動になる。そのたびに「未達成」の報告が新任のキャリア官僚に行なわれ、「来年は目標をクリアするように」との形だけの指示が繰り返される。そんなことが何度も続いて不正な水増しが常態化したのだろう。

私は2007年から独立行政法人の産業技術総合研究所に出向し、理事として障害者雇用を担当したことがある。部下から「目標未達」の報告が上がってきたので、すぐに達成に動いたのだが、採用業務は難しかった。

専門ではないので勝手がわからず、地域の障害者施設のアドバイスを仰ぎ、就業希望者がこなせる仕事を準備する。例えば、花の手入れが向いていると聞けば、植栽を花壇にして花作りをしてもらった。私が採用できた障害者は10人にも満たなかった。大きな成果を出す前に本省に異動してしまったのだ。もちろん、本省の幹部はなんの関心もない。

それでも、障害者の方に元気な声で「おはようございます」と挨拶され、ほかの職員にも職場が明るくなりましたねと言われたときは本当にうれしかったのを鮮明に覚えている。

そのときの経験で言えば、障害者の採用業務は片手間でできるような仕事ではない。それだけに官邸が指示しても、短時間で雇用目標が達成できると考えてはいけない。

それこそ、官邸が内閣人事局を通じて人事権を行使し、「障害者雇用を喜びと感じる官僚を担当にせよ」と各省庁の次官、官房長に指示し、「目標を達成できなければ採用担当者ではなく、次官、官房長に×をつける」というぐらいでなくては。

ただ、これこそ真の政治主導である。「内閣人事局があるから、モリカケスキャンダルで首相を忖度(そんたく)するような官僚ばかりになった」との批判は根強い。しかし、こんな人事権の使い方なら世間から文句は出ないだろう。

障害者の雇用水増しの責任は各省庁にある。しかし、官僚を動かすのは政治家の役目だ。官邸は今こそ、各省庁が真の障害者雇用促進に向けて動きだす「よき動機づけ」――内閣人事局を活用すべきではないか?

内部を知る方だからこその意見だと思いました。

キャリアとノンキャリアというキーワードが独特です。

キャリアとノンキャリア。一体何のための区分なのでしょうか?

キャリアとノンキャリという区分は一体何のためにあるのでしょうか?

大辞林によりますと次のように記されています。

キャリア【career】
① 経歴。経験。 「豊富な-の選手」
② 職業。特に、専門的な知識や技術を要する職業。また、それに就いている人。
③ 日本の中央官庁で、国家公務員試験Ⅰ種合格者の俗称。 「 -組」

この場合のキャリアは、③の国家公務員試験Ⅰ種合格者か否かで決められるということです。

キャリアという言葉に違和感を覚えるのは、①経験②専門的な知識と技術と③国家公務員試験Ⅰ種合格者が一致していないからだと気がつきました。

つまり、「仕事ができるかできないかの決め手には必ずしもならない」のに、優劣が決められてしまう点です。

キャリアの方の方が国民のための仕事をして、ノンキャリの方はそうではないとは絶対に言いきれません。

にも関わらず、キャリアが優れていて、ノンキャリが優れていないようなイメージがあるのはおかしいとおもいます。

それこそが私たちの明るい将来をつくるための障壁となる「先入観の源」なのではないでしょうか?

今こそそれらを取り除くべきだと思います。

キャリアとノンキャリが存在するのは、軍隊組織でも典型です。

しかし、軍隊であっても階級順に弾が当たるわけではありません。

むしろ、たたき上げの兵士の方が実力があるケースも目立つのです。

仕事も然りです。

資格でキャリアとノンキャリと分けることは仕事面からするとナンセンスだと思います。

資格を持っているだけでは仕事の実力を示すことはできません。

資格は取得後が大事です。

中央省庁のみなさんにとっての仕事の実力とは、それは国民のための仕事になっているか否かではないでしょうか。

「それは違う!」という方がいたら申し訳ないですが、国民のためではない中央省庁ならば存在する意義はないと思います。

今回の障がい者雇用に関しては国民のための仕事なのです。

なお、いい会社では、キャリアもノンキャリも全く関係なくなります。

学歴は全く関係ありません。

仕事において「学歴」や「資格」は、人の役に立つために活かさなければ本来の意味が達成されません。

自分の待遇が上がるだけでは、本末転倒なのです。

それらを仕事に活かして、仕事を提供する人の役に立ってはじめて意味を成すのです。

だから、仕事には学歴や資格よりも大切なものがあります。

その人のことを思い、その人が喜ぶ仕事を提供するということです。

そういった人がリーダーになっていくのです。

理論よりも実践であるということ。そこから感じられるものがあるということ。

古賀さんの意見では、キャリアの方はノンキャリの方の報告を聞き、指示を出すことが書かれております。

これではいい仕事はできません。

キャリア官僚の方が現地・現物・現認ができないとしたら大きな問題です。

現地・現物・現認だけでもキャリアの方が実践できれば変わると思います。

ぜひとも先入観を捨てて、一度でもいいですから日本理化学工業さんにうかがってください。

障がい者雇用の現実が見えてきます。

問題点と向き合い、懸命に働くみなさんを見れば、認識が変わると思います。

なお、大山会長は、いちばんはじめに就業体験で来た2人の障がい者を断ろうとしていたそうです。

それを変えたのが、現場の社員さんからの提案(説得)だったのです。

「彼女たちの面倒は私たちが見ますから、どうか採用をしてください」

現場の社員さんからの熱心さに大山会長は採用することを決意したのでした。

私はここが障がい者雇用において大切なことだと思います。

そして今、中央官庁のキャリアの方に求められるのは、ここだと思います。

何事も体験なのであり、困難を克服していくのは、現場の人の熱い心なのです。

机の上に座っているだけではわかりません。

どうか一度でも日本理化学工業さんに足を運んで欲しいと思います。

これまでの先入観を一度捨てると新たな価値を見つけられます。

障がい者雇用は難しいからこそ、現地・現物・現認することが大切なのです。

それは私たち国民のためにきっとなります。

組織が機能するためには

組織が機能するためには、共通目的と貢献意欲とコミュニケーションが必要です。

中央省庁が「国民のために存在する」という共通の目的が崩れていれば、もはや組織として機能していないことは明白です。

改めて存在意義を明確にするべきではないでしょうか。

言葉がきつくて申し訳ないですが、42年も国民を騙し続けた組織が「国民のための組織です」と今さら言われても私たちは困ってしまいます。

まずは、国民のために全く機能していない状態が続いていることを認識して欲しいと思います。

それゆえ、障がい者雇用の水増し問題は、ピンポイントで責任を追求するべきではありません。

当然中央省庁は責任を取るべきですが、いわゆるトカゲのしっぽ切りになってしまうことが懸念されますので、それはやめて欲しいと思います。

組織の根本がカイゼンされることがなければ、似たような過ちが今後も繰り返されていくことでしょう。

そのためにも、まずは存在意義を明確にして、キャリアもノンキャリアもなく共有するべきだと考えます。

人として正しいか、正しくないか。自然か、不自然か。

水増しが42年も横行した原因は極めてシンプルです。

国民のための組織であるという共通目的が弱くなってきたこと、そして、『人として正しいか、正しくないか。自然か、不自然か』で判断することをしなかったからです。

残念ながら「人として正しくなく、不自然」なものであっても目をつむろうという意識が上回ったからです。

間違えていたのならば、誤魔化さずにそれを認め、カイゼンすることが対策方針の原理原則です。

それこそ愚直に。

また、一過性の改善ではなく、組織全体で自浄作用が図れるようにしていくことが真の改善です。

組織の自浄作用とは極めてシンプルです。

常に問題点を見つけて、カイゼンしていくことに尽きます。

その反対の状況になっているからこそ、「正しくなく、不自然なこと」が起こっているのです。

「データを改ざんする、ごまかす」ことが日常化してしまうのです。

もうそういったことはやめましょう。

白は白。

黒は黒です。

国民のためにも、みなさんのためにも。

中央省庁で働くみなさんが少しでも耳を傾けていただけることを願います。

そして、このようなことはどの企業でも起こりうることです。

私たちの誰もが教訓とするべきです。

私たちは常に学び、改善していかなければならないのです。

大丈夫でいきましょう!

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