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「緊急事態」と「緊急事態条項」は明確に区別しなければいけないと考えます

  1. 人と会社・企業

基本的人権の尊重、国民主権、平和主義はどんなことがあっても守られるべき

我が国憲法の三原則である「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」。

私はどんなことがあってもこれら三原則は守られるべきだと思っています。

しかしもし、これらが奪われるような事態が発生したら、みなさんはどのように思いますか?

そうなる事態として、ひとつ考えられることがあります。

それが「緊急事態条項」です。

「緊急事態条項」とは、デジタル大辞泉によりますと次のように示されています。

戦争・テロ・大規模災害などの非常事態が発生した場合に、政府や国会の権限を一時的に強化する規定。平成28年(2016)現在、日本国憲法には定められていない。

さらに、ウィキペディアでは次のように示されています。

国家緊急権(こっかきんきゅうけん)とは、戦争や災害など国家の平和と独立を脅かす緊急事態に際して、政府が平常の統治秩序では対応できないと判断した際に、憲法秩序を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることによって秩序の回復を図る権限のことをいい、当該権限の根拠となる法令の規定を緊急事態条項(きんきゅうじたいじょうこう)という。

憲法秩序を停止し一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するという言葉に衝撃を受けます。

私はいくら国家であろうとも、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義が奪われることはあってはならないと考えます。

もしこれらが奪われるのならば、我が国はもはや日本ではなくなります。

「緊急事態」と「緊急事態条項」を明確に分けなければ

私たちは「緊急事態」と「緊急事態条項(国家緊急権)」は意味合いが異なることを知らなければいけません。

そもそも「緊急事態」とは、デジタル大辞泉によりますと次のように示されています。

1 すみやかな対応が必要とされる重大な事態。「緊急事態が発生する」
2 大規模な災害や騒乱が発生して、治安上差し迫った危険が存在する状態。内閣総理大臣が、国家公安委員会の勧告に基づき、全国または一部の地域について布告を発することができる。

今我が国は新型コロナウィルスによって緊急事態になっていると言えます。

緊急事態の宣言が必要だと思っている方もいるかもしれません。

緊急事態の意味は前者(すみやかな対応が必要とされる重大な事態)をイメージする方が多いと思います。

この度の新型コロナウィルスによる驚異で、安倍首相は「緊急事態条項」が必要だと述べています。

「そうだ、そうだ」と思っている方もいるかもしれませんが、後者の意味ならば注意が必要です。

はっきりと申し上げます。

すみやかな対応が必要とされる意味での「緊急事態」を宣言することは必要であっても、「緊急事態条項」は必要ありません。

理由は次のふたつです。

〇憲法の三原則を超えて政府に権限が集中することはあってはならないから
〇政府の指示が適切でないケースがあるから

政府の指示が適切でないことはどんな時にでも起こりうる

この度の新型コロナウィルスによって、政府の指示が必ずしも適切でないことが明確になりました。
(政府や関係者の方々が全力を尽くしていることは別問題ですので誤解のないようお願いします)

例えば、新型コロナウィルスの発生源とされ感染者が増加している中国からの渡航者の制限が後手後手になったこと。

例えば、クルーズ船での検査で陰性だった方が下船後陽性となり、感染者を増やすおそれが発生したこと。

例えば、安倍首相が然るべき方々との相談もなく学校の一斉休校を決めて現場に混乱をもたらしたこと。

国の指示が必ずしも適切であると言えない以上、さらに権限を集中させるような「緊急事態条項」はいかがなものかと思ってしまいます。

もし国の指示が間違っていた場合、国は責任を取れるのでしょうか?

間違った指示によって、もし国民の命が失われたとしたら・・・。

仮にそうなったとしても「緊急事態条項」があれば、責任を取る必要はないのでしょうか?

そのようなことを考えると怖くなります。

もし責任を取らないとすれば、それは申し訳ないですが完全に間違っています。

ここで我が国に「緊急事態条項」があった時代を振り返ってみましょう。

「緊急事態条項」があった時代

かつて我が国に「緊急事態条項」があった時代がありました。

いわゆる軍国主義だった時代(大日本帝国)です。

昭和という時代の初期、日本は中国とも闘い、アメリカとも闘いました。

昭和20年(1945年)8月15日に日本は戦争に負けました。

兵士も国民も尊い命が数多く失われました。

日本を導いてきた方々は連合国によって裁かれました。
(それが責任と言えば責任なのかもしれません。)

私たち日本国は、戦争を二度とやってはいけません。

戦争の悲惨さを当事者として体験しているからこそです。

我が国は当事者としてその悲惨さを考え、訴えるべきです。

先の大戦で尊い命を失った兵士ならびに市民の方々は、自分たちの家族や友人、仲間達が幸せに暮らすことを強く望んでいると思っています。

その基礎となるのは、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義です。

いかなる時もこれらが守られることが大日本帝国時代との明確な違いなのです。

絶対に崩すべきではありません。

気のせいだといいのですが・・・脅威なのはそういった兆しが感じられること

私の気のせいであればいいのですが、すでに「緊急事態条項」に向けた兆しが見えているような気がします。

極めて端的に言えば、政府の「やりたい放題」に見えるのです。

例えば、黒川氏の定年延長はどう考えても不自然です。

政府によって法律の解釈が変えられたという話しは前代未聞です。

桜を見る会にしても、モリカケ問題にしてもそうです。

これは私たちの税金や財産の使途が問われていますが、安倍首相の答弁は納得できるものではありません。

なぜこのようなことがまかり通るのか不思議でなりませんが、「やりたい放題」に見えます。

また、安倍首相のこれまでの発言の中で「私の責任で」という表現が多く使われています。

しかし、大変申し訳ないのですが、何かあったときにその責任を取られたのを私は勉強不足で知りません。

やはり「やりたい放題」に見えます。

ちなみに民間企業の場合、リーダーがそのようなことを言って責任を取らなければ部下はついてきません。

それでも成り立っている組織は、「恐怖による政治」で強制的に部下をついてこさせようとします。

部下は明らかに間違っていることでも「出世のために」「上司に気に入られるために」人と自分を欺くようになります。

はっきり言いますが、このような組織は時代錯誤です。

白を黒というような組織に明るい将来があるはずがありません。

さて、改めてこの度の政府の新型コロナウィルスの対応は「緊急事態条項」が必要ないことを証明してくれたと思っています。

大変申し訳ないですが、「やりたい放題」で責任が取れない政府だとすれば「緊急事態条項」はなおさら必要ありません。

何よりも国民のためにならないと思うからです。

ただひたすら国民が幸せになる国づくりを望みます

私はただひたすら、日本という国は国民が幸せで、自分たちにも世界にも誇れる国であって欲しいと願っております。

右も左も上も下もありません。

現実としてあるのは、我が国の事業所の99.7%を占めるのは中小企業であること。

そして、働く方の約7割が中小企業で働いていることです。

中小企業で働く私たちが物心共に豊かさを感じられなければ、国が豊かになったとは言えません。

私たち国民が幸せになれるよう、愚直なまでの国づくりを政府に望みます。

そして私たち国民も自分たちが働く場(会社)をより良いものにし、いい会社を増やしていくことが大事です。

どのような政権であろうとも、どんなに時代が変わろうとも同じです。

そのためにも、私たち国民は政府を信じ、政府は国民を信じられるようにしていくことが大原則です。

ところが今はそれが崩れているように感じます。

どうか私たち国民のことを考えて欲しいと願わずにはいられません。

大丈夫でいきましょう!

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