いじめを苦に自殺・・・学校側が遺族に「突然死ということにしないか」と提案

  1. 人と会社・企業

あまりにも悲しい

我が目を疑うようなNEWSがありました。

2017年に長崎市の高校生がいじめを苦にして自ら命を絶った問題で、なんと学校側が遺族に「突然死ということにしないか」と提案したそうです。

その上、私立校を監督する立場にある長崎県学事振興課も「突然死までは許せる」と追認していたそうです。

以下、共同通信の記事を引用いたします。

2017年4月、長崎市の私立海星高2年の男子生徒=当時(16)=がいじめを苦に自殺したとされる問題で、学校側が遺族に「突然死ということにしないか」と提案した上、私立校を監督する長崎県学事振興課も「突然死までは許せる」と追認していたことが17日、遺族側への取材で分かった。国のガイドラインは自殺の偽装を認めておらず違反する疑いがある。

 学校設置の第三者委員会が翌18年11月19日に「いじめが自死の主たる要因」とする報告書をまとめたが、学校側が受け入れないまま2年が近づく。学校側は今月12日を期限とした共同通信の質問状に回答せず、遺族は事態進展を切望している(共同通信 2020年11月17日)。

亡くなられた生徒に対して、心より哀悼の意を表します。

残された親御さんの気持ちを考えると、言葉が出ません。

とても切なくなります。

この報道が真実だとして、以下述べていきます。

人が亡くなっているんです

それにしても学校側の対応には信じられません。

これではあまりにも生徒と遺族の方々が気の毒です。

深く悲しみに暮れている遺族の方々に対して、これ以上絶望を与えてどうするのですか?

この対応は教育の現場はとしてはもちろん、人としても間違っていると思います。

生徒の尊い命が失われたのです。

この学校では人の命をどのように考えているのでしょうか?

一体何のために教育をしているのでしょうか

あなた方は何のために教育をしているのでしょうか?

自分の出世のためですか?

また教育という仕事は、生徒の一生を左右するほど重要なものです。

その自覚はありますか?

真実を追究しようとせず、誤魔化そうとする学校側の大人達をみて、生徒達は何を思うでしょう。

生徒達がかわいそうです。

学校側に関連する人たちはどうか猛省していただき、このようなことがなぜ起きたのか真の問題を追及し、改善していただきたいと思います。

自分のことしか考えていないからでは

なぜ「突然死ということにしないか」という提案をしたのか考えてみたいと思います。

いじめによって自死したという事実を隠蔽したいと思ったのは、自分たちの評価にマイナスの影響があることを恐れたのでしょう。

結局、自分のことだけしか考えていないからこそできることです。

だから、悲しみに暮れる家族に「事実でないこと」を提案できるのです。

はっきり申し上げて、人としての感覚が麻痺しているとしか思えません。

明らかに異常です。

このような学校ではいじめが起きた時の対応も心配になります。

見て見ぬふりをする校風が想像できるからです。

生徒よりも体裁を大切にするような学校に真の教育ができるはずがありません。

人と人が接する以上、いじめは起こりうると考えるべき

いじめ問題も後を絶ちません。

しかし、いつも思うのですが、対応が後手後手になります。

真因を追求し、改善するという最も重要なことがおろそかになるのです。

それは、「いじめがあったかなかったか」が重視されてしまうからだと思います。

いじめがあったことがわかれば、その学校や教師の評価がマイナスになるのでしょう。

だから、記者会見で「いじめはありませんでした」と言えるのだと思います。

重要なのはそこではないのです。

人が自らの1人亡くなっている以上、いじめはあったのです。

人と人が接する以上、いじめはいつでもどこでも起こりうると認識するべきです。

その上で、いじめをどうやって見つけて、どのように解決したかということが大切なのです。

それを評価の対象にするべきだと考えます。

大丈夫でいきましょう!

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