憲法記念日に憲法改正を考える・・・第9条を見て何が問題か考えましょう

  1. 人と会社・企業

何が可で何がいけないかを具体的に示し、その上でアンケートを取るべき

今日は憲法記念日です。

それもあってか我が国の憲法改正について賛成か反対かというアンケート結果が各メディアによって発表されています。

私はこのやり方に違和感を覚えています。

おそらくアンケートに答えた方は、イメージだけで回答しているケースも少なくないのではないでしょうか。

イメージだけで回答することは憲法問題に限っては本質ではないと考えます。

重要なことだけに。

憲法改正か否かということではなくて、具体的に何が可で何がいけないかを示し、その上でアンケートを取るべきだと思うのです。

一体何のために憲法を改正することが必要なのかがぼんやりしたままアンケートをとることはむしろ危険だと思います。

改善すべきだと思っています。

なお、その前に、私は右でも左でも上でも下でもありません。

ただひたすら我が国の恒久の平和を願う一国民です。

「第9条」を見てみましょう

では、具体的に憲法を見てみましょう。

よく言われている「第9条」はどのようなことが書いてあるでしょうか。

第9条は次のように「第2章 戦争の放棄〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕」の中にあります。

第2章 戦争の放棄
〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

みなさん、いかがでしょうか?

短い文ながらも難しい内容だと思った方もいるかもしれません。

また、イメージが変わった方もいるかもしれません。

第9条を具体的に見た上でアンケートを取れば、結果は又違ったものとなると思います。

以下は私の見解です。

憲法第9条を見る限り、私には自衛隊を明記することが果たしてどれだけ国民のためになるのかわかりません。

言うまでもなく、自衛隊は「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力」ではありません。

つまり、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」するための「戦力」ではありません。

あくまでも自分たちを守るための「戦力」です。

敢えて「戦力」と書きましたが、自衛隊は前項の目的を達するための「戦力」ではありません。

繰り返しますが、自衛隊を明記することが果たして国民にとってどれだけの意味があるのでしょうか?

このことを国民全体で考えるべきだと思います。

憲法改正によって平和憲法によりなるのならば賛成

私の憲法改正についての見解は、それが平和憲法によりなるのならば賛成というものです。

そうならないのならば、反対です。

日本国憲法はどこまでもいつまでも平和憲法であるべきだと思っています。

その理由はふたつです。

ひとつは、我が国はどの国よりも闘い、目を背けたくなるようなつらい体験をしてきたからです。

だからこそ、平和を主張できる数少ない国だと思います。

もうひとつは、日本人を怒らせるべきではないからです。

そのことについて、以下述べます。

「日本人は戦争を体験したから平和を願っている。その日本人を怒らすなよ」・・・それを示すための平和憲法であるべきでは

今から私は敢えて「変なこと」を申し上げたいと思います。

私は武力よりも「日本人は戦争の愚かさを体験したから平和を願っている。その日本人を怒らすなよ」という考えを浸透させた方がいいと思います。

それが日本人の最大の武器になると思うからです。

歴史的事実を申し上げます。

近代において、自分たちのGDPよりもはるかに大きい世界の列強国と長期にわたって闘ったアジアの国は日本だけです。

誤解を恐れず申し上げれば、かつての日本は怖いもの知らずです。

そして、太平洋戦争において、神風特別攻撃隊という死をもおそれぬ作戦を遂行した国も日本だけです。

人道的にこの作戦は絶対に許されません。

絶対に許されませんが、特攻隊で散華された私たちの先輩方はみな国を守ってくれた神だと思います。

国を守るためによくぞ闘ってくださったという感謝の気持ちしかありません。

さて、今の時代、もし日本が理不尽な仕打ちをどこかの国から受けたとして、我慢の限界に来たらどうなるでしょうか?

もしかしたら、何をするかわからないような反撃に転じることがあるような気がします。

命を失うことを恐れず、敵に突っ込もうと考える人がいるかもしれません。

一矢報いることに価値があると考える方もいるかもしれません。

誤解を恐れず言うならば、それが日本人のDNAなのかもしれません。

でも、繰り返しますがそれは絶対にしてはなりません。

その後に残るのは戦争の虚しさしかないからです。

命より尊いものは絶対にないのです。

また、太平洋戦争末期には1億玉砕が叫ばれていました。

1億玉砕とは、実用日本語表現辞典には次のように記されています。

太平洋戦争における日本軍のスローガンの一つ。本土決戦にあたっては国民すべて玉砕の覚悟で臨め、といった意味。

このような考え方も現在は絶対に認められません。

しかし、日本人のどこかにはまだこの考え方が眠っているのかもしれません。

本当に追い込まれたら、これらの思想が再び蘇ってしまうかもしれません。

でも、それは絶対にしてはなりません。

命よりも大切なことはないからです。

絶対にしてはならないからこそ、世界中に知って欲しいのです。

「日本人は戦争の愚かさを体験したからこそ平和を願っている。その日本人を怒らすな。日本人を追い込むな。そうなったら何をするかわからないぞ」ということを。

それを世の中に示すためには、この平和憲法がとても有効的だと思うのです。

戦争という愚かな行為があったこそ、恒久の平和を願う憲法がつくられたのです。

理不尽な経験を下からこそ戦争の愚かさを力説し、平和を強く愛する

1941年(昭和16年)12月に開戦した太平洋戦争を振り返ってみましょう。

当初は日本軍に勢いがありましたが、開戦から半年を過ぎる頃から次第にアメリカを中心とする連合軍に押されるようになります。

1944年(昭和19年)10月、追い込まれた我が国は、神風特別攻撃隊という非人道的な作戦が行われました。

1945年8月には広島と長崎に原子爆弾が落とされました。

罪のない多くの人の命が一瞬にして失われました。
(尊い命を失われた方々には謹んで心より哀悼の意を表します。)

私たち日本人はそのようなつらい経験をしたのです。

同じく戦争によって、かつての敵国の人たちの命も大勢失われました。

だからこそ私たち日本人は戦争の愚かさを力説し、世界のどの国よりも平和を愛することができるのではないかと思います。

この体験を世界の平和のために生かすべきではないかと思うのです。

その象徴となる平和憲法を国民全体で考えていくべきだと思います。

そのことを申し上げて、憲法記念日のむすびとしたいと思います。

繰り返しますが、私は右も左も上も下もありません。

あくまでもこの国と世界の平和を願うだけのひとりの国民です。

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